好き度:★★★★★ 「
LE SCAPHANDRE ET LE PAPILLON/THE DIVING BELL AND THE BUTTERFLY 」
一流ファッション誌「エル」の編集長のジャン=ドー(マチュー・アマルリック)は、突然の脳梗塞に襲われ、
左目のまぶた以外の自由が効かなくなってしまった。
彼の意識は鮮明であることを知った言語療法士のアンリエット(マリ=ジョゼ・クローズ)は
左目のまばたきでコミュケーションをとる方法を考え出す。
20万回の左目のまばたきで、ジャン=ドー自身がつづった驚異の自伝小説が原作。
冒頭から、病院で覚醒したジャン=ドーの視点からの映像で始まる。
自分を覗き込む顔、顔、顔。
医者の質問に懸命に答えているのに、自分の声は頭の中で響くのみで相手には伝わらない。
体の自由がまったくきかず、「ああ。もとの体には戻れないんだ」そう悟った瞬間にぼやける画像。
彼が泣いていることが痛いほど伝わる。
前半部分はずっと、ジャン=ドーの視点からの映像なので
旧式の潜水服に身をつつみ、深い海の中にひとりぼっちで沈んでいるような息苦しさを
彼と同様に観る者も感じる。
42歳なんて、働きざかりの男性じゃないですか。いい男でしかも社会的に成功している。
お金もあり、美味しい食事やお酒を満喫し、美しい女性とのデートを楽しんでいた彼が、
突然、赤ん坊のように、なすすべもなく他人の手によって体を洗われる身になったわけで。
彼が感じた絶望感や無力感はいかばかりか。
ジャン=ドーは最初は「死にたい」などつぶやき、周りを心配させる。
だが、彼が「本当にいい男」の真価を発揮するのは、これからなのだ。
ある時、彼は「もう自分を憐れむのをやめよう」と決心。
と同時に映像も、彼自身の視点から、客観的なものに変わり、急に世界は広々としたものになる。
体は「潜水服」の中に閉じ込められているけれども、
想像力を発揮すれば、「蝶」のようにどこへでも、はばいたいていけるのだと彼は悟る。
美人の言語療法士や看護士の胸元や、元妻の太腿に視線を向け、「触れられないなんて」と悔しがったり、
電話設置にきた作業員の心無いジョーク、「しゃべれないのに電話なんて無言電話でもする気か?」
に対しても、「面白い!!」と大笑いする余裕。
不自由な生活を強いられながらも、ユーモアを忘れずに、日々一生懸命生きていこうとする。
そして、自分が生きてきた証として、自伝小説を書こうと決める。
その方法とは、編集者が「E, A, R, ・・・・」とアルファベットを一文字ずつ読み上げ、
該当するアルファベットのところで、まばたきをし、それを書きとめ、
また、最初から文字を読み上げることを繰り返し、一文字ずつ綴っていくという
とてつもなく時間と忍耐と労力がかかる作業。
しかし、それをやりぬいた彼と編集者は凄い。まばたきの回数は、延べ20万回になったそうだ。
このコミュニケーション方法を、彼を支える周りの人々(しかも美人揃い!)が、習得していくのが感動的。
しまいには、ボードをみなくても、そらでアルファベットを言えちゃうようになったりする。
彼の生きる姿を見て、みんな彼が好きになり、支えようとする気持ちが本当に素敵なのだ。
彼自身も、そんな人たちの励ましと愛情を感じて、充実した日々を送れていたのだと思う。
もちろん、哀しくて、切なくて、どうしようもない時もあり。
通訳を介して、彼が体が不自由でお見舞いに来れない父親と電話で会話するシーンは泣けたな。
父親は息子の声が聞こえないわけで、「こんなのは耐えられない・・・」と絶句する。
ジャン=ドーは、その気持ちが痛いくらいわかるのだけれど、何もできない自分に涙するしかなくて。
大好きだな〜。この映画。
観る者もまるでジャン=ドーになったかのように感じさせる演出と詩情あふれる美しい映像。
左目だけしか動かさずにジャン=ドーを演じきったマチュー・アマルリックの素晴らしい演技。
そこに描かれる、困難な状況の中でも、前向きにユーモアを忘れずに生きぬく彼の姿に、
そして彼を愛し、支えた周りの人々の姿に、言葉にはできないほど感動します。
まちがいなく今年のマイベストムービーの1本です