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『レスラー』


好き度:★★★★☆
「The Wrestler」
ランディ“ザ・ラム”ロビンソン(ミッキー・ローク)は、

かつてはプロレス界のスターだったが、20年後の今は落ち目となり、

地方の興行で細々とくいつなぎトレーラーハウスで生活を送っていた。
ある時、心臓発作をおこした彼はプロレス界を引退し、

第二の人生を始めようとするのだが・・・。

ドラマチックに作られがちな題材だと思うのだけれど、過剰なお涙頂戴的な演出ではなく、
手持ちカメラの映像で一人の中年レスラーの姿を淡々と映し続ける。音楽もほとんどない。
まるでドサ周りのレスラーの密着ドキュメンタリーのよう。
だからこそ、かつては栄光を手にし、今はおちぶれつつある一人の男の
哀愁ただよう姿が静かに胸に迫る。
ラムを演じたミッキー・ロークの存在感あふれる演技は本当に素晴らしかった。

体をはった商売というのは、若い頃はいいけれども、年をとってくるとつらいだろうなあ。
商売道具の自身の肉体が使い物にならなくなったら・・・

将来に対する不安がぬぐえない毎日。
かつは人気プロレスラーだったラムも例外ではなく、酷使し続けた体はもうぼろぼろで、
耳も補聴器をつけているし、老眼鏡も必要。
ステロイド剤を打つお尻はたるんでたりして、老いには逆らえない。
中年になってもトレーラーハウスで一人暮らしで、

スーパーマーケットでアルバイトしながら
週末に興行にでて細々とくいつないでいる。
稼いだお金は全て、髪を金髪にそめたり、日焼けサロンにいったり、
高価なステロイド剤やサプリメント購入のために消えてしまうものだから、
普段はボロボロのダウンジャケットをテープでとめて着てたりするの。
かつては栄光の絶頂にいた彼だからこそ、現在の生活との落差が大きくて、

胸が締めつけられる。

興行も、いかにオーバーに流血をして、観客をもりあげるかに重点がおかれていて、
ガラスとか釘とかナイフとかホッチキス(!!)とか、

あまりにも痛そうで見てられないの。

でも、舞台裏では、悪役とすべて細やかな段取りを決めている、
完全にショーアップされているエンターテイメントなのね。
そして悪役とラムが互いにレスペクトしあっているさまは楽しそうで、

なんだかとっても微笑ましい。

体を傷つけながらも、ラムにとってはここが唯一の居場所だったんだろうな。

そんな彼も、自分の限界を悟る時がくる。

突然見舞われた心臓発作を機に、彼は新しい人生をやりなおそうとする。
定職につき、疎遠だった娘と関係を改善をし、惚れた女と家庭をもつ。
あたりまえの穏やかで普通の生活。

でも、若い時と違って人生も半ばを過ぎた時期に生き方を変えようと思っても、
そうそううまくいかないよね。 
ましてやプロレスに全てを捧げてきた彼のような男が、簡単に変われるはずがない。

彼を包む歓声がある限り、リングに立ち、闘う。それがラムの人生なのだもの。

最後にリングから、ファンにむけて語る言葉には思わず涙。
かつての彼を知っている身としては、ミッキー・ローク自身の言葉ともとれるから。
今のミッキー・ロークだからこそ、表現しきれた役なんだろうなあと思う。

映画スタジオからは「もっと有名な俳優を使え」とのプレッシャーがあったらしいけれど
監督は予算を大幅に削りつつも、ミッキー・ロークの主役を死守したと
チラシに書いてあったのを読んで帰りの電車の中で、再度泣けた(苦笑)
そんな監督の心意気と、それに見事に応え、"ラム”を演じきった

ミッキー・ロークの役者魂に心から拍手をおくらずにはいられない。


女優陣も素敵でした!
お客としてランディに接しながらも、彼の身を常に案じている

ストリッパー役のマリサ・トメイ。
彼女自身も肉体や美貌の衰えを感じつつ、体をはった商売をしていることから、
彼の先のみえない不安が痛いほど理解できる。
だからこそ、彼に惹かれながらも、人生を共にすることにはためらうさまが、うまい!
子供をかかえる身としては、将来が安定しない男性と関係を築くのは、
恋愛感情だけではつっぱしれないものね。
しかし、彼女は相変わらず裸体が美しいよ・・・・。

そして、「アクロス・ザ・ユニバース」や「ダイアナの選択」で印象的だった

エヴァン・レイチェル・ウッド。
プロレスのことしか頭になく、自分をほったらかしにしていた父親に対する憎しみと
でも、本当は好きでたまらない愛情とのバランスを

どうとっていいかわからない気持ちの揺れの表現が見事!!

『ロックンローラ』


好き度:★★★★☆
「ROCKNROLLA」
不動産バブルに沸くロンドン。
不正な不動産取引きを目論むロシアン・マフィア。ロンドン裏社会のギャングのボス。
ジャンキーなロックローラ。セクシーでしたたかな女性会計士。どこか抜けているコソ泥。
富を手にしようとするそれぞれの思惑がからみあい・・・・。最後に笑うのは誰か?

ガイ・リッチー十八番のロンドンが舞台のギャング群像劇。
スタイリッシュな映像、アクの強いキャラクター、音楽のかっこよさは相変わらずで
オープニングシーンからウキウキ

ただね。中盤のストーリー展開がちょっとキレがなかった。
ワン・ツー(ジェラルド・バトラー)たちがギャングのお金を横取りするシーンが、
2回繰り返された意味がよくわからなかったし。
そして、物語を少しずつ狂わせていくジョニー(トビー・ケベル)の存在にちょっととまどっちゃいました。
いろいろな人物のストーリーを交錯させ、全体像をみせていくんだけれど、
彼のピースがその全体像にしっくりはまっていないようで、ひっかっかったな〜。
だから、終盤にむかってひとつのオチに収束される過程がいまいちすっきりしなかった。

クライム・ムービーでありながら、時々織り交ぜられる笑いは好き。
今回お笑い担当(?)のジェラルド・バトラーが、ロシアン・マフィアにおっかけられるシーンや、
ゲイの友人に迫られるところは、かなり笑えました〜。

あと、「ワールド・オブ・ライズ」のハニ役で印象的だったマーク・ストロングが
この映画でもギャングのボスの片腕という渋い役どころをこなしていてかっこいい。
むしろ、ジェラルド・バトラーより主役ポストじゃ?
ガイ・リッチーの次回作「シャーロック・ホームズ」でも悪役で出演予定らしい。

ガイ・リッチー完全復活!とまではいかないけど、次回作が断然楽しみになってきた♪

『ロシュフォールの恋人たち』


好き度:★★★★☆
「Les demoiselles de Rochefort」 
フランス南西部の港町、ロシュフォールは、年に一度のお祭りの準備でにぎわっている。
美しい双子の姉妹、デルフィーヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)とソランジュ(フランソワーズ・ドルレアック)を
中心に、様々な恋模様を素晴らしい音楽とともにロマンティックに描く極上のフレンチ・ミュージカル

自分が生まれる前の作品なのに、これほどわくわくして幸せな気持ちになれるなんて〜

「きっとどこかに運命の人がいるわ〜!」
恋に対する期待で胸がわくわくして、気持ちがフワフワしていて、
みんな歌って踊ったりせずにはいられない!
男も女も、ロマンスを求めていて、「遠くにいるか、近くにいるか」わからない人を探しもとめている。
でも、理想の人にはなかなか出会えずこれでもかというぐらいすれ違うのね。
あと少しのところで出会えるのに〜とこっちはじりじりしちゃうのだけれど、それもとても楽しくて。
恋って始まりそうで始まらない段階がいちばん胸がドキドキするもんだよね(笑)

そして、なんといっても
カトリーヌ・ドヌーヴとフランソワーズ・ドルレアックの美しいことといったら!
色違いのおそろいでそろえるファッションは、カラフルでポップでとっても可愛くて。
ミニのワンピースにつばの広い帽子、これほどエレガントに着こなせるなんてね〜。
そんな二人が歌う「Chanson Des Jumelles 双子姉妹の歌」は、
映画が終わってからも頭の中でくりかえし流れて、おもわず鼻歌をうたってしまう。

 


ハリウッドから、ジーン・ケリーとジョージ・チャキリスが出演しているのもたまんない。
ジョージ・チャキリスのオープニング・シーンのダンスもうっとりしちゃったけれど、
ジーン・ケリーが街角で軽やかにタップを踏んでみせるところも華麗で素敵

色彩豊かな映像と、ミシェル・ルグランの極上の音楽、そして、楽しい歌とダンス。
スクリーンで堪能できてホントよかった

映画館を出たあと気分がウキウキして、なんだか自分も恋がしてみたくなり〜(笑)
ミ ファ ソ ラ〜 ミ レ レ ミ ファ ソ ソ レ ド〜

『ラースと、その彼女』


好き度:★★★★☆
「LARS AND THE REAL GIRL」
優しくて純粋で人一倍シャイな青年、ラース(ライアン・ゴズリング)が恋をしたのは、
リアルドールのビアンカだった・・・・。

寒さが身にしみる日には、こんなハートフルな物語が、心に効くよね〜。ほっこり
大切な人だからこそ、時間をかけてそっと見守ってあげる・・・・。

いきなり、身近な人から「僕の彼女なんだ〜!」と紹介された人が
リアルドールだったらドン引きだよね。
「頭、おかしくなったんじゃないの?」と距離をおいてしまうのが、普通。

とりみだす兄ガス(ポール・シュナイダー)を、落ち着かせ、とにかく騒がずに冷静に対応しようとする
兄嫁カリン(エミリー・モーティマー)が素敵だったな。

しばらくラースの妄想につきあうようにとの医者のアドバイスに従い、
戸惑いながらも、兄夫婦や町の人々が、ビアンカを生身の女性として扱う姿が、
時にはユーモラスで、でも、あったかくて、そのやさしさがじんわりじんわり、心に染みる・・・。

人とのコミュニケーションも、スキンシップも苦手なラースが、
余計なことを一切しゃべらない従順な(?)ビアンカに惹かれたのも無理ないかも。
でも、街の人々が、ビアンカの髪を切ってあげたり、ボランティアの仕事を頼んだり、
パーティーに呼んだり、彼女を街の人が受け入れてあげるにつれ、
ラースも必然的に人々と関わっていくことになり、彼自身が少しずつ変わっていくのだ。

ビアンカが自分と約束していたはずなのに、近所の集まりに顔をだすと知って、
初めてイライラとするラース。
そんな彼に、近所のご婦人が
「彼女には彼女の生活があるの! そんなこと言うなんてうちの主人みたいだわ!」と
ばしっと怒り、ビアンカを連れていっちゃうところは笑ったな〜

危篤であるビアンカを心配げに待つラースを、
おばさんたちがそっと編み物をしながら、ずっとそばに寄り添ってあげるところもあったかい。

ゆっくり時間をかけてみんなに見守られて、ラースは幸せよね。
こんなに、優しく周りの人に包まれたなら、実感できるもの。
自分はちゃんと愛されているんだって。そして、人の体温ってとってもあったかいんだってことを。
こうして、ラースは少しずつ成長していく。このゆったりしたテンポがいいね。

ラースが、ボーリング場で生き生きと楽しんでいる同僚のマーゴを見て心が躍ったり、
彼女と握手をして、「あ。触っても嫌じゃない・・・。」と初めての感覚に驚いているさまは
なんだか泣けました・・・・。

手をつないで、そのあったかさを感じよう。
隣にいる人と、会話をして、時には喧嘩して、仲直りして、
そして、また並んで歩いていけるのって、なんて素敵なことなんだろう!

『ラスト・コーション』


好き度:★★★☆☆
「LUST CAUTION /色、戒」
1942年、日本の傀儡政権下の上海。
抗日運動の地下組織の一員であるワン(タン・ウェイ)は、政府の特務機関のリーダー、
イー(トニー・レオン)の暗殺計画のため、色仕掛けで彼の愛人になることに成功する。
お互いに猜疑心を持ちながらも、何かから逃れるように、激しく求め合う二人。
逢瀬を重ねるたびに、いつしか二人の間には・・・・。

中国上映時にはその過激さゆえ、ベッドシーンがほとんどカットされたため、
ノーカット版が見られる香港に、人々は大挙して見に行ったという噂。

・・・ってそこじゃなく(笑)

やりきれないほど哀しいお話なので、私の好みではないのですが、
自分の中にいつまでも説明がつかない余韻が残る作品で、それをどう言葉に置き換えてよいのやら。

ベッドシーンは、確かに濃厚で大胆ですが、官能的には感じなかったです。
どちらが相手を屈服させるかの、戦いのようで。激しく、同時に、とても哀しい。
お互いをむさぼりつくすように、傷つけあいながら、感じる苦痛によってのみ
生きていることを実感する刹那的な愛、のようなもの。
でも、お互いの身も心もすべてをさらけだす行為であったからこそ、
相手の救いようのない孤独、怒り、哀しみ、恐れに触れて、心惹かれあうようになったのかなと。

日本の犬と周りから蔑まされながらも、任務を忠実に実行し、
旧友まで処刑しなければならなかった自分を自嘲するイー。
そんな彼に寄り添い、故国の美しい歌で癒すワン。
彼女の歌に、初めてイーが涙するシーンがとても美しい。
誰も信じず、殺されるより先に相手を殺すことで生き延びてきたイーにとって、
ワンはつかの間でも自身の孤独を忘れさせてくれる愛しい存在となりつつあった。

しかし、二人の心が通じ合った瞬間に、破滅は訪れる。

ワンがマイ夫人を演じきれなくなったのは、やはり彼女もまたイーを愛してしまったからで、
薬を飲まなかったのも、イーに最後に会って、彼によって殺されたいと願ったんだろうな。

ワンが寝起きしていたベッドに呆然と座りながら、彼女の処刑時刻を告げる10時の時計の音を聞くイー。
その空虚な表情でイーの耐え難い喪失感が、痛いほど伝わってくる。
自身の運命もまもなく潰えるのがわかっていながら、それでも任務を実行しなければならない。
そう生きるしかない男の悲哀。なんと過酷。

原題の「色」は、欲情、「戒」は、戒律、警告などの意味だそう。
「色」に溺れすぎないように「戒」はある程度、必要なのだろうけれども、
逆に「戒」がきつければきついほど、「色」を抑えきれなくなるのが、人間ってやつで。

私は「色」というのは、単なる肉欲という意味ではなく、人があたりまえにもつ欲求や感情だと思いました。
それらがなすすべもなく、暗く大きな時代の流れに呑み込まれていくさまは
あまりにも哀しい、けれど、何故か美しいと思えてしまうのがこの映画の凄さなんだろうな。
(・・・でも、好みじゃないの〜。)

『落下の王国』


好き度:★★★★☆

「The Fall」
1915年のロサンゼルス。
映画の撮影中の事故で脚を負傷したスタントマンのロイ(リー・ペイス)は、
入院中の病院で、純真無垢な5歳の少女アレクサンドリア(カティンカ・ウンタール)に出会い、
ある目的のために、彼女の気を引こうと作り話を語り始める。
それは、暴君に立ち向かう5人の勇者たちの壮大な物語だった・・・。

ロイの話を聞いて、5歳のアレクサンドリアが想像するビジュアルが素晴らしい!!
真っ青な海に浮かぶ白く小さな島、幾何学模様の遺跡、青に彩られた町・・・・。
雄大な景色、鮮やかな色彩、全てがこの世のものとは思えない美しさ。
一切CGを使用せず、監督が4年間の歳月をかけて、延べ世界24ヶ国以上でとりためた映像とのこと。
そして、石岡瑛子氏の衣装の美しさも見事に監督の世界観とマッチしていて
幻想的な映像美を紡ぎだしている。



ロイがしてくれるお話に夢中になるアレクサンドリアが可愛くてたまらない。
御伽話を本当の話として信じることができるのが、5歳が限度らしく、
監督はアレクサンドリアを演じるカティンカちゃんがそれ以上大きくなる前に撮ったらしい。
だからロイの話に対して、本気で驚いたり笑ったり泣いたり怒ったり、そのリアクションがとても自然。
なので、見ている私たちもいつのまにか荒唐無稽なお話に引き込まれてしまう。

タイトルのとおり、映画では「落ちる」シーンが何回も出てくる。
オレンジの木から、スタント撮影中の馬から、塔の上から、脚立の上から・・・・。

「落ちる」ということは、現在いる日常から離れ、別の世界に移動することともいえる。
不思議の国のアリスもうさぎの穴から落っこち、「恋」だって落ちるというではないか・・・・!

落ちることによって初めて、現実世界から解き放たれ、
人は自由にイマジネーションの翼を拡げることができるのかも。

ラスト・シークエンス。
キートンやチャップリンなどサイレント時代のフィルムが流れる。
実は新しくとった映像もコラージュしてあるらしい。
命を賭けたスタントシーンの連続で、もう素晴らしくワクワクする。
そこに、アレクサンドリアのように復活したロイの姿を見つけることができるか?
それは、どうやら観客にゆだねられているらしいですが、皆さんはいかがでした?

世界初の映画はリュミエール兄弟が撮影した蒸気機関車の映像。
スクリーンからこちらに向かってくる汽車の迫力に驚き人々は逃げ出したという。
それから、100余年が経ち、映画も飛躍的に進化しているけれど
あの頃と同じように 私たちに驚きや喜びや悲しみを与え、想像力を刺激し、別世界に誘ってくれる。

ああ。これもまた映画の素晴らしさを再認識させてくれた作品で幸せです

私からも 「ありがとう、ありがとう、ありがとう!」

『ラッキーナンバー7』

 
好き度:★★★☆☆
「LUCKY NUMBER SLEVIN」
ジョシュ・ハートネット、ブルース・ウィリス、モーガン・フリーマン、ルーシー・リュー 
このオールスター勢に脳天気なタイトル。
オーシャンズ11のような
明るいエンターテイメントだと思うじゃないですか。
 


人違いされていつのまにかマフィアの抗争にまきこまれた人のよさそうな青年。
彼の周りで次々と人が殺されていく・・・。
なんでこんな殺され方をするのかわけがわかんないまま、
どよ〜んとした気持ちで中盤まで。暗い・・・。

でも、中盤からラストにかけて見事などんでん返しでこれまでバラバラだったエピソードが
ぴたっとはまってゆく。快感・・・・。

いい意味で意外な映画でした。

しかし、いまいちルーシ・リューの存在意義がわかんない。いる?

『らくだの涙』

らくだの涙
好き度:★★★☆☆

「DIE GESCHICHTE VOM WEINENDEN KAMEL」
あるモンゴルの遊牧民族の一家が飼っているラクダが子供を産んだ。
母親は茶色なのに子供の体は真っ白。
色の違いのせいか、かなりの難産だったせいか、
母親は子供にお乳を与えようとはしない。
子らくだがお乳を吸いにいっても追い払う。
日に日に衰弱していく子供。なんとか、母子の絆をつなげたい一家。

そこで考えられた方法とは・・・・??

遠い町から腕のいい馬頭琴奏者を連れてきて、
母親らくだに音楽を聞かせるというもの。昔からの伝統らしい。
・・・んな、あほなと思いながらも、音楽をきかせると、
なぜか母らくだの気持ちがとても落ち着き、
子供にお乳を与えるようになったのだ。
そして、ラストシーンでは母らくだの大きな黒目から一筋の涙が流れる・・・。

ドキュメンタリー映画で、モンゴルでの遊牧民の日常生活が淡々と描かれ、
台詞もほとんどない。でも、何故かあきない映画だった。
雄大な自然の中で、らくだや山羊と共に、自然の一部としてあたりまえに生活する。
食事のために山羊をさばいても、血の一滴も大地に流さず、全て食するのだそうだ。
天から与えられた糧を少しも無駄にすることはない。生きることへの真摯さ。

360度の地平線みたさにモンゴルに行きたくなる映画ですね。 

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